こんにちは、みなさま。
臨床心理士と公認心理師をやっております、『トアルしんりし』と申します。
現在、婚活で出会った会社員の伴侶と発達障害(自閉スペクトラム症と中度知的障害)もちの5歳・娘と3人で暮らしています。
☞このブログでは…トアルしんりしが子育て中に自然に感じること、考えることの内容が、もしかしたら、この世界のどこかで過ごす人にとって〈新たな視点〉となって、何かしらお役に立つこともあるかもしれないと思って運営しております!
【障害児を育児するということ、とは?】不妊症や不育症から障害児育児を経験した佐々木美華さんのインタビュー記事をご紹介&障害児育児の経験のあるトアルの思うところもお伝え📝
当ブログは、臨床心理士・公認心理師で一人の親であるトアルの障害児育児の記録も含めて、これまで様々な視点での障害児育児の記事もご紹介してきました。
今回は、こちらの記事をご紹介したく思います👇
👆三度の流産と不妊治療、不育症治療を経てようやく授かった子に知的障害が…。「私には育てられない」子育てで心が崩壊したことも/たまひよ
小児発達専門看護師・保健師で、一般社団法人親子発達サポートそーる代表理事の佐々木美華さんにインタビューした内容を記事にしたものとなっています。
過去に『障害児育児』についての記事を取り上げたものをいくつかこちらに載せますね。
<記事内容の簡単なご紹介>
<記事内容の簡単なご紹介>
<記事内容の簡単なご紹介>
などなど…他にも、『障害児育児』について考えさせられる記事を取り扱った過去記事が当ブログにはございますので、気になった方は是非ともブログ内検索などでチェックしていただけたら嬉しいです♪
では、次に今回のピックアップした記事内容をご紹介したく思います👌✨✨
記事内容をこちらで少しご紹介したく思います👇
記事のINDEXとしては以下の通りです📋
- 生まれて1年は“生きてるだけでしんどかった…”
- 少しの物音で目を覚まし、寝返りに違和感も…
- 歩けない、話さない、まねしない…
- “普通に近づいてほしい”療育に勤しむ日々
- 助けを求めたら気持ちがラクに
- 親子コミュニケーションも一歩ずつ前へ
- 同じ悩みを持つ親子の居場所をつくりたい!
今回は、全項目の内容を一部抜粋にて紹介したく思います✋
インタビュー記事の導入部分には、この様な内容が書かれています。
今春から中学生になる息子さんのTくん(12歳)は中度知的障害の傾向が見られ、小学校は特別支援学級に通学。左手は動かしにくく、発語も十分とは言えません。
子育てで心が壊れてしまった時期もあるという美華さんに、Tくん誕生に至る経緯から3歳ごろまでの様子、ご家族の変化などについてお聞きしました。
では、記事内容の項目をみていきます👇
生まれて1年は“生きてるだけでしんどかった…” より🔍
美華さんは3度の流産を経験。不妊治療と不育治療を経て、ようやく息子さんを授かりました。
(略)Tくんに障害があると聞いたときの心境を、美華さんはこう話します。
~三度の流産と不妊治療、不育症治療を経てようやく授かった子に知的障害が…。「私には育てられない」子育てで心が崩壊したこともより一部抜粋にて引用~
少しの物音で目を覚まし、寝返りに違和感も… より🔍
術後から、美華さんには手のけいれんや慢性疲労のような状態が続いていたこともあり、Tくんの子育ては美華さんの実家で始まりました。(略)
ところが、Tくんにはほかにもさまざまな気がかりがあったそうです。
とくに違和感があったのは寝返りだったそうです。
このとき、美華さんはどのような心境だったのでしょう?
~三度の流産と不妊治療、不育症治療を経てようやく授かった子に知的障害が…。「私には育てられない」子育てで心が崩壊したこともより一部抜粋にて引用~
歩けない、話さない、まねしない… より🔍
自宅に戻ると、美華さんは週3回ほど仕事に復帰、Tくんも保育園に通い始めます。
とくに苦労したのはTくんとのコミュニケーションだったと言います。
~三度の流産と不妊治療、不育症治療を経てようやく授かった子に知的障害が…。「私には育てられない」子育てで心が崩壊したこともより一部抜粋にて引用~
“普通に近づいてほしい”療育に勤しむ日々 より🔍
Tくんが2歳になると、美華さんは療育に力を注ぎ始めます。
会社員のパパは仕事で忙しく、頼れるのは週末だけ。美華さんは子育てを1人で抱え込んでしまいます。(略)
突然過呼吸になったり、涙が止まらなくなったり…。美華さんは心療内科に通うようになります。
~三度の流産と不妊治療、不育症治療を経てようやく授かった子に知的障害が…。「私には育てられない」子育てで心が崩壊したこともより一部抜粋にて引用~
助けを求めたら気持ちがラクに より🔍
パパの働き方が変わると、美華さんにも変化が起こります。
週1回、夕方1~2時間の間、ファミリーサポートの手を借りると、美華さんとTくんにいい兆候が表れます。(略)
療育や保育園の先生に相談したり、療育で知り合った親子との交流を深めたり。パパや両親などのサポートも受けるうちに、美華さんはさらに前向きになったそうです。
~三度の流産と不妊治療、不育症治療を経てようやく授かった子に知的障害が…。「私には育てられない」子育てで心が崩壊したこともより一部抜粋にて引用~
親子コミュニケーションも一歩ずつ前へ より🔍
美華さんも自身に目を向けられるようになったそうです。
~三度の流産と不妊治療、不育症治療を経てようやく授かった子に知的障害が…。「私には育てられない」子育てで心が崩壊したこともより一部抜粋にて引用~
同じ悩みを持つ親子の居場所をつくりたい! より🔍
(略)みんなで何気なく話したことが、現在の活動につながるきっかけになったと言います。
~三度の流産と不妊治療、不育症治療を経てようやく授かった子に知的障害が…。「私には育てられない」子育てで心が崩壊したこともより一部抜粋にて引用~
障害児育児をする親として、トアルの思うところもお伝えしたいと思います📝
今回の記事を読み、まとめようとしていた際にどうにも自身の障害児育児の経験と重なる部分が多く(共感できる場面が多く)、思いおこすことも多かったためか…結構な時間がかかってしまいました。
特に、以下の佐々木美華さんの言葉の数々は個人的にささるものがありました👇
「価値観や考え方などは人それぞれですが、子どもを授かると夢を持つ方が多いんじゃないかなと思うんです。(略)でも、障害があると聞いた瞬間、価値観がひっくり返されて…。それまで抱いていた夢がすべてなくなりました。
“私がこれまで選択してきたことは正しかったんだろうか?”と自分を責め、“この先どうしよう”と恐怖と不安に襲われました」
私もこれまでブログ内であまり述べてきませんでしたが、確かに自身も娘が産まれる前に抱いていた夢が少なからずありました。
例えば、こんな感じのことを夢見たりもしました👇
これはあくまで一部ですが、こんな感じの夢を見ていた自分がいます。
今思えば、まだ産まれぬ我が子に親側が過剰に期待をかけ過ぎていたな、と反省するばかりです💦
そして、我が家の場合…夢はあくまで夢でしたね(苦笑)
「表情とか泣くくらいしか意思を出せなかったので、気持ちを汲み取れないこともしょっちゅう。(略)聴覚と触覚が過敏で、おむつ替えのたびに大泣きしたり、あお向けの状態が苦手で布団に寝かせられなかったり…。1歳半ごろまでは夜中2時間おきに起きていたので、私もいっぱいいっぱいでした」
今年6歳になる娘も現在、二語文は出てきていないような状態のため、気持ちを言葉で表現するのが難しいため、佐々木さんのお気持ちが少しばかりでも理解できる様な気がします。
『聴覚と触覚が過敏』ということは、娘にも重なるところがあります。
私が覚えている印象深いエピソードとして思い出すこととして、娘が3歳児の頃に七五三の写真を撮りに行った際に、感覚過敏で入店前のマスク着用もそうですが、持参した着物や洋服を撮影中に脱ぎだした際は肝が冷えました💦💦💦
念のため、時間1世帯の予約制の写真館で撮影をしていて良かったなぁ…としみじみ感じました。(その選択により、娘の傷つきが殆どなく済んでよかったなぁというのが夫婦の見解でした)
「(略)それまでは“私が育てなきゃ”ってがむしゃらな感じでしたが、“私じゃなくても大丈夫なんだ、1人で抱え込まなくていいんだ”って気づいたら、精神的な負担が減って心が軽くなりました。気持ちに余裕ができたら、息子のことが心底かわいいと思えるようになって。自然に笑顔も増えていきました」
私自身も、娘を保育園に預けるまでは佐々木さんの様に考え、そして気づきを得た経験があったな…と思い返しておりました。
それまでは、子どものイベントに参加する度に、「またここでも癇癪を起してしまうのだろうか。もしそうなったら、それを収めることができるように努めなくては!親だもの!!」といった思考を巡らせては、娘が癇癪などの不機嫌を起こす度にその日の夜は毎回一人で反省会でした。
その度に、伴侶のお手すきの時に相談や愚痴を聴いてもらうなどしていましたが、話したい時(=タイミング)にいつもいる訳ではないということで、やはり普段から(それも平日の日中から)子育てのことで何気なく話が出来る相手が欲しいなぁ~…と思った次第です。
「(略)本来なら、子育て広場ってほかの親子と交流したり気分転換できる、親子の居場所の一つでもあるのに、悲しいし悔しいなって。そのとき、“同じ悩みを持つ親子が集まって楽しく過ごせる場所がないなら、地域に作ればいいんじゃないか”って思いました。さらに欲を言えば、子どもの発達をサポートするようなこともできたらいいのに…って」(美華さん)
まさに佐々木さんが目指したサポートは、これからも沢山の親子やその親子をサポートしたいと思う人たちに広まって欲しいと感じました。
私自身も、これから佐々木さんには劣ると思いますが、障害児育児に関わる親子を支援できる活動を発展させていきたいと思います。
まとめ
今回は、『三度の流産と不妊治療、不育症治療を経てようやく授かった子に知的障害が…。「私には育てられない」子育てで心が崩壊したことも』の記事をご紹介いたしました。
そして、僭越ながら障害児育児をしている親の一人としての思うところを少しばかり述べさせていただきました。
インタビューを受けていた佐々木さんの様に、世の中の子育て中の方々に素敵な居場所を私も提供していきたいと思います。
などなど…
☞障害の有無関係なく、ひとりひとり個性をもった子ども達を育てている親御さんにとって、『毎日大変だけど…子育てって、楽しいこともあったりするな』、『私たち頑張ってるよね~』、と思える体験をこのブログを読むことで、少しでもよいのでしてもらえたら嬉しいですね***
ではでは、またお会いしましょう〜!
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ブロトピ:今日の育児日記
「妊娠初期から不育症の治療で自己注射を打ったり、妊娠8週で大出血したり…。(略)予定帝王切開の前に陣痛が来て、妊娠36週4日で緊急帝王切開になってしまって…。無事に出産はできたのですが、誕生した息子は2380gの低出生体重児。なかなか産声を上げず、呼吸が不安定で耳の位置は低く、口蓋裂もあり、心臓には穴が空いていて…。すぐに保育器に入りました」(美華さん)